約4TBの「人生の記録」を守る。
以前の記事でも触れたが、写真ファイル保存用のHDDを刷新(パニックバイ)した。
HDDの平均寿命は約3〜4年らしい。
私が写真を記録しているHDDはすでに5年以上経過していて、非常に危険な状態だった。
今回は、RAID1(ミラーリング)での保存を目的として、HDD2台収納のUSB3.2 GEN2接続可能なケースを購入した。
「裸族のテラスハウス」。
…名前、もう少しなんとかならないですか。…ならないですか、そうですか。
今回は8TBのHDDを2台購入し、「RAID1(同じデータを2台のHDDに同時記録)」での運用とした。
せっかく16TB分のHDDを購入したのにもったいない、という気持ちもある。
「そもそも同じ時期に買ったHDDは同じタイミングで劣化していくんだから無意味なのでは?」という意見もあるが、経年劣化だけが故障原因ではないと思うので、今回は一旦この運用にした(考えるのが面倒だった、という噂もある)。
私は仕事で写真を撮っているわけではない。
そのため、今まで撮影した写真データが飛んでも、経済活動に支障はない。
が、精神的には大問題だ。
今まで積み重ねてきた記録が全てパーになる。
カメラを持って出かけたあの日々が全て無かったことになるわけではないが、少なくとも振り返ることはもうできなくなる。
そんな最悪の状況だけは避けたいのだ。
私の写真は、私だけの宝だ。
すでに私の半生は、カメラと共にあった。
これからも、カメラと共にあるのだろう。
…だから、ここからまた人生の記録をつけていこう。
この「裸族のテラスハウス」に。
やっぱり名前だけなんとか…なりませんか。そうですか。
火のないところに煙が立つSNS界隈
最近、SNSを見るとおすすめに「〇〇みたいな迷惑行為があった!これが証拠画像!」「外国人が〇〇している!排斥しよう!」「〇〇党がこんなことを言っている!落とそう!」みたいなのばっかり出てくるようになった。
私がそういう記事ばかり見ているという証左であると同時に、こういう言説がSNSで支配的になり、バズっているという現状があるのだろう。
「間違った意見」を批判すること。被った理不尽を責めること。迷惑な人間を蔑むこと。
こういう「正義の執行」が快楽を感じさせるのは理解できる。
私だってそうだ。
「スカッとする」「カタルシスを感じる」とかそういう物語的な激情は非常に魅力的だ。
ただ、そんな快楽を感じたいがためにありもしない理不尽・誤り・悪者を作り出して責め始める…という現象が起き始めているように感じる。
いわゆるフェイクニュース、というやつだ。
でも、フェイクかどうかなんて究極的には判断できない。面倒くさい。もうフェイクでもなんでもいいや。
「わるいやつを、やっつけられれば、いい!!!」
一日一善。一日一罵倒。
もう、毎日、いつでも、正しさを振りかざして悪を殴らないと気が済まない。
これはSNSが産んだ、新しい依存症なんじゃないか。
自分も反省しなければならないことは多い。
怒りに飲み込まれないように。
たまにSNSから距離を置くのも大事だと、そんなことを考えたのだった。
だが転売ヤー、お前らはダメだ。
本日の1枚
カメラ:FUJIFILM GFX50S Ⅱ
レンズ:Mamiya SEKOR C 80mm F1.9















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