承認欲求は悪者?

 SNS時代の写真趣味において、X(旧Twitter)やInstagramでの投稿は切り離せないものだ、と私は考えている。
 かくいう私も、撮影した写真を選定して、人様にお見せできそうなものをInstagramに、ブログ記事に掲載したものをXで紹介している。

 自分が撮影した写真にどれくらいの人間が興味を示し、どれくらいの人間がいいねという評価をしてくれるのか、単純に興味がある。
 そして、いいねが多いとき、ブログのコメントで誉めてもらった日は気分がいいし、有名な方からいいね等をもらえた日には最高な気持ちになる。

 そして、その喜びを原動力にして、また撮影に出かけることができる。

 私はそんな小市民なのだ。

Leica Camera AG LEICA M MONOCHROM (Typ 246) (SUMMICRON-M f2/35mm, 35mm, f/4.8, 1/1500 sec, ISO320)

 ただし、この「承認欲求を原動力にすること」はいいことばかりではない。

 「承認欲求の暴走」による弊害。
 原型を留めない「極端に彩度を上げた写真」や、「バズる」キャプションの乱用、撮影禁止区域への侵入、盗作。
 挙げ句の果てにはAIで生成した写真の台頭…。

 ここまで来ると承認欲求というよりも「稼ぐため」とか「技術力の宣伝」いう目的もチラ見えするけど、いずれにせよ「認知されたい」「注目を集めたい」という目的意識を強く感じる。
 そこでは「いい写真かどうか」という実質的なことはあまり意味がなく、たくさんの「いいね」が貰えることだけがその写真の価値となる。

 上記で挙げたのは極端な例ではあるけど、私も自分が「SNSで手に入れたいもの」を履き違えないようにしたいところだ。

 私は「撮りたい写真を撮って、それを公開して、誰かに見てもらう」ことにやりがいを感じているのであって、「承認されるために撮りたくもない写真を撮ってアップする」のは、「私の写真趣味」ではない…と思う。

Leica Camera AG LEICA M MONOCHROM (Typ 246) (SUMMICRON-M f2/35mm, 35mm, f/5.6, 1/1000 sec, ISO320)

 とはいえ、Instagramへの投稿、ブログ更新が、私の写真趣味を続ける原動力になっているのは間違いないし、正直なところ、このブログがなければ写真はとっくにやめているんじゃないか、と思う。

 じゃあそれは承認欲求の暴走なんじゃないか…という意見もあるかもしれないが、今のところはそうなる心配はなさそうだ。
 なぜなら、暴走するほど世間に認知も承認されていないし。悲しい現実がそこにある。

Leica Camera AG LEICA M MONOCHROM (Typ 246) (SUMMICRON-M f2/35mm, 35mm, f/4.8, 1/3000 sec, ISO320)

 そういう状況なので、本当はもっと自分のInstagramアカウントやこのブログを大事にしたほうがいいんじゃないか、と思っている。
 結構いい加減にタグをつけて投稿したり、ブログの更新頻度もまちまちだったりで安定しない。

 もっとまじめにやろうかしら。

 でも、真面目に取り組もうとした瞬間にやる気がなくなるのが怖い。

 様子を見てみるか…

Leica Camera AG LEICA M MONOCHROM (Typ 246) (SUMMICRON-M f2/35mm, 35mm, f/4, 1/1000 sec, ISO500)