読んでもらう価値のあるブログ記事とは?
ブログ迷走。
ブログを書くのがつまらなくなった。
ここ最近、ブログ更新から意識的に離れていた。
書く意味が感じられなかったからだ。
自分の意見なんて、主張するだけ損しかないんじゃないか。
最近、記事に対するネガティブな反応によって日常生活に影響が出るのを恐れて、当たり障りのないことを書くようになっていた。
こんな弱小ブログへの反響なんてほとんど来ないのにね。
今まではそういう記事を書くことを「社会的に成熟し、大人になった」と解釈していたのだが、これを突き詰めると、結局「何も書かない、アップしないことが最も安全」という結論になる、という落とし穴が待っていた。
…結果として、どんどんブログ更新から遠ざかっていった。
それだけじゃなく、実際どんどんつまらなくなる自分のブログの内容と、その執筆作業に存在価値を見出せなくなった。
この状況が続くなら、近いうちにブログはやめることになるだろう。
「書いてつまらない、読んでつまらない」ものを続けていく意味はない。
懸命な選択だと思う。
でもなあ。ブログ書くのをやめて、それからどうしようか。
写真を撮る目的の一つが失われるのは間違いない。
充実した老後のためにも、できることなら続けたい。
もし続けるなら、とにかく「力のある記事」が書きたい。
毒にも薬にもならない「上辺だけの感想を述べただけの記事」など、時間をかけて読んでもらう価値がないじゃないか。
読むことで、「活力」をもらえる記事。
読んだ人の人生に「影響」を与える記事。
とにかく、読む前と読んだ後で何かが変わっている、そんな記事が書けたら、幸せだ。
とはいえ、発言には注意が必要。
今日もどこかで誰かが燃やされている。
SNSで毎日のように燃料を見つけては放火を繰り返す「言葉の暴漢たち」を眺めていると、実際のところ、「ネットで発言する」「ネットでの反響を見る」ことが怖い気持ちもある。
特に、物事を一面からしか見ずに「暇つぶしと腹いせのために、自分とは無関係な他人(企業)を攻撃する」意図で書き込まれる「お気持ち表明」の、なんと多いこと。
愚痴も政権批判も有名人叩きも、居酒屋で仲間内で語っているくらいでちょうど良いのだ。
そんなものが批判される本人に届いてしまう現代は闇だ。
…無関係を装っているが、私も過去の記事で、散々攻撃的なお気持ち表明をしている、同類野郎なんだけどね。
人に見てもらうに値する写真とは?
写真を撮ることがつまらなくなった。
漫然と撮影した、何が言いたいのか分からない写真ばかり量産してしまっていると感じる。
「とりあえずブログに写真を添付しないと」という意識の低さで写真を撮影・選定しているから、面白みも見どころもない写真でブログが埋まっていく。
とにかく、「力」のある写真が撮りたい。
「インパクト」のある写真。
「色」「形」「大きさ」「ユーモア」なんでもいい。
はっきりと「面白い」と感じられるような写真が撮りたい。
「撮影者にしか分からない心象風景」「分かる人には分かる写真」「一定のレベル以上の写真論を解釈して初めて味わえる写真」なんて、見せられてもつまらないじゃないか。
「わかりにくい」ってことは、結局は「伝える力が弱い写真」ってことだろう。
あれこれと知ったフリをするのは、「わかりやすく刺さる写真」が撮れない言い訳に聞こえる。
…少なくとも、私は言い訳に使っている。いつも。
SNS全盛の今、「優れた写真作品」には、必ず「わかりやすい見どころ」がある。
そうでないと秒で流される。
せっかく時間を使って見てくれる人のために。「手っ取り早い価値」が必要なのだ。
それはきっと、「ユーモア」だったり、「気持ちの良さ」だったり。
いずれにしても「一目でわかる」「わかりやすいもの」でないと。
まとめ
一瞬で関心を集め、心にざっくり刺さる。
今の時代に求められているのはそんな写真であり、そんな文章だと思う。
まあ、口で言うのは簡単だが、実際のところ死ぬほど難しいが。
…一瞬で関心、心にざっくり…。
間違いなく、「地方都市の住宅街で撮影された歩道の写真」とかではない。絶対に。
東京で暮らしていれば、刺激的なストリートフォトが撮れる…というわけでもないけどね。
この辺をちゃんと考えて、方向性を決めていかないと、どこに住んでいようと、何もかもつまらなくなって、ブログもカメラも放り出すことになるかもしれない。
私の生きがいが、消えていく…。
どれもスゴく素敵な写真ですよ!
ありがとうございます!
でも、もっとわかりやすくいい写真を撮れるよう精進いたします!
やめないでください~!!
色々な方のブログ見てきましたが、ここまで長く見ているのはこのブログのみです。というのも文才を感じさせる内容で読んでいて面白いからです。あと当然のような手のひら返し(大三元とか)。
最近またカラー写真が増え、見ていて飽きません!
おや、なにやら知らない機材が使われているような…
長い間読んでくださり、ありがとうございます!!
今のところは、急いでブログをやめるつもりはありません(手のひら返し)。
書きたいこと、撮りたいものがある限りは続けていこうかと…。
モノクロカメラマン(仮)とか言っておいてカラー写真が増えているのは確かに…。喜んでいただけているのなら幸いです。
機材?なんのことでしょうか?ちょっと思い当たりませんねぇ…
初めてコメント致しました。
カメラの断捨離を考えていた頃に、このブログを知って何年も拝見してます。
撮影された写真は参考にさせて頂いてますし、共感出来る話も多くていつも楽しく読んでいます。
今回は新しい機材がついに出て来ましたね。過去のブログでCanonのカタログが写っていたので、いつ出現するのか待っていました!
ブログを続けるのは大変だと思いますが、今後もゆっくり更新待っています。
ヒロさん、コメントありがとうございます!
長い間このブログを読んでいただき、ありがとうございます!!とても励みになります!!
ご心配をおかけしておりますが、ブログを書くこと自体は大好きなので、気力とネタがあれば、可能な限り続けていきたいと思っています。
新しい機材…よくわかりませんねぇ…
スナップというのは、とにかく変わってる視点をとらえれば(斜に構えれば)いいというものでは無いと思うのです。
自分自身の琴線をしっかりピンと弾いた光景を、自己満足従って撮ることではじめて、見る側がカメラマンと視線を共有できるような感覚にひたれるのだと思います。
他人の感動とは、自己満足に対する共感なんです。
表現とは、自己満足に始まるんです。
共感が多いか少ないか。多ければ喜ばしいことではあるけど、そうかといって、少ないからダメだというものではありません。
everblueさん、コメントありがとうございます!
表現とは、自己満足に始まる…写真表現は変わっている視点を捉えればいいというものではない。たしかにおっしゃる通りかもしれませんね。
私の場合は、その「自己満足」のハードルを低くしすぎて、結果「なんでもいいじゃん」でマンネリ化している感じがしていて、そのため「わかりやすいいい写真」を撮ることを目指したい、と思っています。
ですが、写真趣味の根本は自己で満足して楽しめるか、というのも一理あることなのかもしれません。
加減が難しいところです。まだまだ勉強が必要ですね…。
はじめまして。たまーに見ている者です。
これだけ文章かけるのだから続けたらいいのになって素直な感想です。
趣味なんだから気軽にですよ。
好きなモノ撮ればいいんです。マンネリなら動物とか撮ってみて、あー合わないなーとか再確認してみたらいいじゃないですか。
わたしもカメラ趣味ですが、難しく考えないようにしてます。縛られすぎたら楽しくなくなるのがイヤなのでね。
光画部さん、コメントありがとうございます!
趣味は気軽に…実際その感覚がなくなっていて嫌になってきているので耳が痛いです。
SNSを見過ぎなのかもしれませんね。なんか良くないカメラ周りの炎上騒動にも影響されているのかもしれません。
とにかく何も考えずに撮ってみて、感想を書いてみるのもいいかもしれませんね!