部屋とAmazonプライムデーと私
ここ数日、Amazonプライムデーの開催に合わせて、メールでのご案内やら、「Amazonプライムデーで狙うのはこれだ!」みたいな動画・記事が各所で盛り上がりを見せていた。
私も危うく乗せられて、特に必要のないモバイルバッテリーや、大した安くもないApple製品を買い物カゴに入れて決済寸前までいった。
で、半日くらい寝かせて仕事に行く直前に「仕事を辞めるために金貯めないと。こんなの買ってどうするんだやばいやばい」とカートから削除。
ほっと胸を撫で下ろして仕事(地獄)に行く。
帰ってきたら疲れと安堵で気が大きくなり、「やっぱり買うかなぁ…」なんてことを考えてカートに戻し…
そして、時間切れになり、今に至る。とても無駄な時間だった…。

俺に宣伝をするな。買ってしまうだろうが
自慢ではないが、私は意志が弱い男だ。
そして欲望には必ず負ける男なのだ。
CMって意味あるの?広告料にあんなにかけて馬鹿みたいだなぁ。
そう思っていた頃が私にもありました。
そんな私の家は、宣伝によって知ったもので溢れている。
ある日ふとしたきっかけで入ったお店で出会った、自分の感性に訴えかける逸品を、前評判を見ないで購入する…なんていう「粋な」買い物は久しくしたことがない(子供の頃くらい?)
私が買うものは、基本的に「私ではない誰か」が「これはいいものだ」と言ったものだ。

「目的のために買う」のではなく、「得をすることが目的」に
人の価値観であっても、「欲しい物」を買っているうちはまだ良かった。
「このレンズは値上がりするから今買ったほうが得だ」
「ライカはリセールバリューがあるから無理して買っても得だ」
「このレンズは購入時よりも値段が高くなっているから手放すのは怖い」…
最近は「今は必要ないけど、今買うとお得だから買う」「これは人気があってすぐ売れ切れるから今買ったほうが得」というように、「得をすること」を目的に日々ネットショップを漁るバケモノになってしまった。
逆に、「損すること」はかなり毛嫌いして避ける傾向も強くなっている。
思えば昔から「得」をすることが大好きだった。
でも、得をすることばかり考えて生きるのはなんか虚しいんじゃないか。
最近はそんな気もしている。
…ふと気がつくと、家には死ぬまでに作りきれないんじゃないかという量のガンプラ。
「すぐ買わない手に入らなくなる」と、節操なく大人買いし続けた結果がこれだ。
虚しい。

カメラ1台、レンズ1本でいいはず
そんなことをやっていると、なんだか全部が面倒になって、「モノが少ない、ていねいな暮らし」に夢を見るようになる。
「カメラ機材なんか全部手放してしまえ。カメラ1台レンズ1本あれば写真は撮れる」。
で、今度は某カメラショップの買取カゴに自分が持っている機材を丸ごと放りこむことになる。買った時の値段との差がエグい。
実際、5年前くらいにそうやって一気に機材を入れ替え(断捨離)たこともある。
でも、その結果はどうだ。防湿庫を見ろ。
けっきょく、機材は増えた。
根本的な考え方(得したい、損したくない)を変えないと、同じことの繰り返しになる。
でも。
厳選された物だけを大事に所有する。
ていねいに生きる。
…「欲のバケモノ」にはハードル高すぎるんだよなぁ…。

それでも、と言い続けろ
もはや半ば諦めムード。ゴールしてもいいんじゃないかと思うこともあるけど、平均寿命はうなぎのぼり。
私はまだまだ生きなければならないらしい。
損得に左右されない、ていねいな暮らしを送れますように。
機材に振り回されずに写真が撮れますように。
いつか、仕事を辞められますように。
そんなことを思いながら、今日もカートに商品を入れるのだった。

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