写真を趣味として始めてからすでに10年以上経つが、そんな私の写真の腕は10年前からあまり変わらず、正直言ってまったく進歩が見られない。
スナップだとかストリートフォトとか言ってるけど、結局は適当に街に出て、当てもなくなくシャッターを切ってるだけだ。そこに狙いも計算もない。
モノクロ写真にこだわるのもなんかかっこいいからそうしているだけだ。主義があるわけじゃない。カラーだとなんの変哲もない写真が、モノクロだとなんとなくカッコよくなる。そんな気がしているだけだ。
進歩のない撮影を繰り返すうちに消耗していく。
そして「いい写真とは何か」さえ感覚的にわからないまま、「写真初めて2ヶ月です!」というアカウントが撮る素敵な風景写真を横目に、今日もマップカメラの中古美品を検索する…。
そんな生活。
私がいつまで経っても写真が上手くならない理由を考えてみた
結論はあっさりと出た。
「本当は写真なんて撮りたくないから」。
撮影を早く済ませたくて妥協したり、写真の現像が投げやりになったり、撮影場所を近場で済ませようとしたり、カメラストラップやらカメラバッグなど形から入ったり。
思い当たる節はたくさんあった。ただ、それだけは認めたくなかったんだと思う。

何も考えず、一日中ぼーっとしたり。
日がな一日ゲーム実況動画を見ながらネットショッピングしたり。
コーヒー飲みながら野球の試合を半寝落ちで見たり見なかったり。
お腹が空いたら近場のファーストフードを食べに行ったり。
それが私の「本当にしたいこと」なんじゃないか。
でもそれだとどう見ても廃人だし、いい歳してそれだと周りの目が気になる。
だから趣味をやる。
側から見れば「趣味に打ち込んでるなんて私生活が充実している」なんてふうに見えるかもしれない。
…そんな気持ちで写真に取り組んでるから、「技術を学ぶ姿勢」などないし「新しい手法にチャレンジする」なんて気も起きない。
結果、何も上達しない。するわけがない。
そういうことか…。

そう考えると、「プラモデル製作」という趣味についても思い当たる節がある。
例えばガンプラも「買う」までが興味のピークで、その後はほとんどのキットが部屋に積んである。
そして積んである箱に無言のプレッシャーを受けては罪悪感に苛まれている。
そして、あまりにも作っていないと「プラモデル製作が好きな、趣味に打ち込む自分」じゃないから、めんどくさいけどたまに作る。
でもイヤイヤやってるから、ながら作業で、工夫もなく素組み。
塗装したり改造したりなんかはハードルが高くてやらない。
でもコレクションや買い物だけは好き(労力がかからないから)なので、工具やブースはなぜか充実している。写真趣味と同じ構図がここでも出来上がっている。
…たぶん「純粋にプラモデルを作ること」も本当は好きじゃないんだろうな。

好きでもないことを好きだと思い込んで続ける。
なんでこんな不毛なことをやっているのか。
「写真を撮るのが好きな自分」「プラモデルを作るのが好きな自分」。
自分がそういう「趣味に生きる変わりもの」であれば、現在のどうしようもない自分やつまらない現実を、「そういうことならしょうがない」と受け入れられる。
なんなら優越感にさえ浸れるのかもしれない。
世間一般で言われている苦痛や不幸と自分は関係がないと。
そして、同年代や下の世代の人たちが当たり前の幸せを謳歌し、輝かしい人生を歩んでいても、それらと自分の人生を並列に比べないでいられる。
そういう「隠れ蓑」として、ポーズとして趣味に取り組んでいるから、一生上達しないし、一生先に進もうとしないのではないか。
そして、そういう現状に最近、強烈な違和感と限界を感じ始めている。
私もそう先が長い人間じゃない。
仕事が嫌いだ。
でも死にたくもない。なんのために頑張るのかわからない。
そんな人生に張り合いが欲しい。「生きがい」が欲しいと思っているのかもしれない。
…純粋に「写真が好き」な人が羨ましい。

あまりにも趣味が上達しないので、ちょっと自己分析をしてみただけなのだが、思った以上に暗い内容になってしまった。
でも当たらずとも遠からずな気がするのか辛いところだ。
今からでも本当の意味で写真やプラモ製作が好きになれるだろうか。
それとも全然違うことを始めた方が手っ取り早いだろうか。
そんなことを考える雨の夜であった。

YMさんこんにちは☆道東のモノクロ写真ありがとうございます! まずは100-400mmの導入,おめでとうございます☆それで撮られた「天に続く道」の写真は好きです! やっぱりf = 400 mm前後になると「迫力」が出ると感じました。一方,知床には「オシンコシンの滝」という凄い迫力の滝があるんですね。西日本の地方都市からだと気軽には行けない場所なので拝見できて嬉しいです! ありがとうございました。
YMさんは理想を高く掲げていらっしゃるので,ご自身がお撮りになる写真に満足が行かないのかなぁと感じています。その一方でYMさんが写真そのものや写真撮影そして撮影機材のリストラを通して「趣味とは何か」を考察していらっしゃるのは「大人な趣味」だなぁと思っています。
YMさんが情報収集を重ね研鑽していらっしゃる写真機材の変遷は興味深いですし,趣味に関する考察を拝読するのは僕の趣味や人生にとって大きな参考になってますし,もちろんYMさんが掲載なさる写真を拝見するのは楽しいです☆
YMさんがマイペースで写真趣味を楽しまれますように !
JYさん、コメントありがとうございます!写真を褒めていたたきありがとうございます!励みになります!
写真趣味に関しては、本当に撮りたい被写体が撮れない現実と、機材にばかり心が動くことに違和感を感じていて、ネガティブな思想に落ち込んでいる、という感じです…
今のところいきなり写真を止めるつもりはないです!でも、カメラ機材の狂った金銭感覚はなんとか是正していきたいと思っています(8万のレンズを安いと感じるのは危険だ…)
YMさんのこの思いに賛同いたします。
私も全く同じです。あなた以上にいい加減な趣味です。カメラもゴルフも。
まあ趣味を極めた人が偉くて、そうでない人はダメなのか?ということを考える必要もなくて、『自分の脳が他のものよりも反応を示すもの。を知っている』だけでも、それだけでも良いのだと思うことにしています。
あおいちゃんさん、コメントありがとうございます!
共感していただきありがとうございます。
趣味を極めれば偉いわけではない…。確かにそう考えると少し気が楽になるかもしれません(それにしてもお金かけすぎだとは思いますが)。
でもやっぱり、もう少し趣味に真剣に取り組む人間になりたい…という未練があるからダラダラと悩み続けてしまうのかもしれません。
やめるべきか、続けるべきか?なんてことを永遠に悩みながら無駄にカメラ買い続けてそうで怖い…。
YMさん
突然のコメント失礼します。
たまたまブログが目についたので、過去のものも含めて、少し拝見しました。
とてもお気持ち分かる気がしています。
僕は、カメラを買って5年ほどになりますが、一眼の写りの新鮮さに夢中になったのは、最初の数ヶ月で、すぐ飽きました。
それで、レンズやカメラをいくつか買いましたが、買うまでが気持ちのピークで、買ったらボルテージが下がります。
そして、撮った写真は相変わらず平凡なので、もっとガッカリします。
金銭感覚も吹き飛ぶので、正気に戻ると、二重にショックが来ます。
それを繰り返す中、機材より写真を好きになるようにしました。
それも、日本の作品でなく、海外の作品を中心に見ます。ただ、風景は、かなり現像で凝った事をしてるので、真似は難しいです。
しかし、ストリートだと、ちょっと影を強調してる程度なのも多く、真似しやすい。
また、日本の写真家よりも発想がユニークなので、僕にとっては面白いのです。
僕の場合の話ですが、機材機材となっていたのは、そもそも憧れる写真がなく、それ故に、上達といっても、どこに向けて上達すればいいか分からない。
それで、機材購入で気持ちを一新すれば、よりいいものを撮れるのではという幻想にとらわれました。
僕の場合、感動する写真は、海外フォトグラファーの撮り方にありました。
そのような作品を撮りたいと思うようになった時、自然と向上心が湧き、自然と構図の理論的な事も、少しずつ勉強して、気がつけば機材へのこだわりも少なくなりました。
というか、撮りたい目的に合う機材にしか関心が湧かなくなりました。
YMさんが写真への関心を持ってないなどと言うつもりはありません。
僕は、上手く撮れるようになりたい思いがありました。
その向上心が、機材ばかり揃えて写真が平凡な自分を苦しめました。
お話を見ておりますと、自分と似たものを感じましたので、失礼ながら、参考になればとコメントしました。
今後もよき写真ライフを送られますよう願っております。
Y.Nさん、コメントありがとうございます!
貴重なご助言、興味深く拝読させていただきました。
「写真」にフォーカスしていけば、自ずとやることが決まってくる、ということでしょうか。その考え方に至れないことが「機材に囚われる」ということなのかもしれません。
自分にできるかどうかは分かりませんが、見たことのないジャンルの写真集なんかも漁ってみて、「本当に撮りたい写真」を探すのが特効薬なのかもしれないですね!
上手い(良い)写真って、観た人がいかにカメラマンの視線と感動を擬似体験できるか、だと思います。スナップというジャンルであればなおのこと。
そうあるためには、まずは、カメラマン自身の自己満足が必須です。光に、街に、表情に、瞬間に対する感動を、シャッターを切ったその時のトキメキを思い出せる、というような。
人の真似をすることも大切なステップですが、自分の感性と合わないものを真似しても仕方ありません。憧れよりも共感に比重を置いて真似をし、自己流へと磨いてゆくのがいいと思います。
そういう自己満足の積み重ねが「楽しい」のであり、やがては冒頭に述べました、擬似体験をもたらす写真に繋がっていくのではないでしょうか。
夕方のお友達さん、コメントありがとうございます!
スナップ写真に関する深いご意見ありがとうございます。大変参考になります!
自分の感性を信じる…なかなか難しいことだと思いますが、臆せずやってみるのが1番なのかもしれませんね
上手い下手はともかく、公開してるだけでも十分かなぁ、と
自分も趣味の一つに写真がありますが、撮るという行為が好きなだけで、現像どころか見返さないことも多々・・・
機材集めも好きだけど、中古で色々買っては少し試して放置・・・
なので写歴だけは長いけど、全然上達しません
ゲームも買っては積んでいるだけになったので、買うのは止めました
まぁ趣味は推し活のように心の栄養みたいなものなので、極める必要もないかと
鬱抜けできたのは趣味のお陰でした
(鬱になったのも趣味が一因でしたが)
虚空さん、コメントありがとうございます!
趣味は心の栄養…そう考えると、趣味をしっかりやれないからと心を病むのは本末転倒な気がしてきました…。
所詮趣味なんだから、もっと気軽に向き合ってみれば案外そこからいい感じになっていく…かもしれないですね!たぶん!
YMさんは「カメラ好きである前に写真好きでなければならない」という思いがとても強いのかなと感じました。
でもカメラ好きでもいいのではないでしょうか。
たとえば「スポーツカーに乗っている人はサーキットに行かないといけない」ということはありません。街乗りしたり、ガレージで眺めたりするだけでも楽しいものです。
カメラも写真を撮るという目的だけであれば一つのマウントにするのが良いのでしょう。しかし工業製品としてのカメラを楽しむという目的が加われば、一つのマウントに絞るために何度も買い換えるのではなく、複数マウントを同時に持つ意味もあるのではと思いました。
ご自身のカメラ好きをもっと肯定してあげても良いのではないでしょうか。
はるさん、コメントありがとうございます!
スポーツカー好きだからサーキットで走らなければならないわけではない…確かにそうですね。そう考えると気持ちが楽になりますね!
私は間違いなく「カメラ好き」の方だと思いますけど、あまりにも写真が上達しないので、どんどん悪い方に考えが進んでいくんですよねー…
いずれにしても、せっかく買ったカメラ機材なので、もう少し有効活用する方法を考えて行きたいと思います!
私も激しく同意します。かれこれ50年近くカメラとレンズの収集をしています。決して、頻繁に写真を撮る事はないのです。罪悪感が蓄積時しましたが、個人的に写真撮影ではなく、カメラ機材の収集を趣味にしている事にしています。いいじゃないですか。次に買うカメラは何が良いかなとか、このレンズは凄そうだ、などと思いながらカメラ屋巡りが実に楽しいのですから。毎晩、酒を飲みながらカメラをいじってみたり、昔撮った家族の写真を見ながらニヤニヤするだけで楽しいものです。
そう言えば、ギターも同様に何本持っているのか数えた事はありません。楽器屋で試奏しますかと言われても、弾かずに購入することばかり。
daipaさん、コメントありがとうございます!
あまり考えすぎずに趣味として気楽に楽しむのが吉なのかもしれないですね!
楽しめる時に楽しまないと、何をやっても楽しめなくなりそうな気もします!
よーし気楽にカメラとかレンズとか増やすかー笑